水沢なお より

21歳の詩人の日記

ライアン・マッギンレー BODY LOUD !

”マッギンレーの写真からは自由の唄が聞こえる。”

 彼のことは詳しくは知らない。自分とは生まれた国も違う、海を越えた遠くの国に住んでいる、年はそう離れてはいないが同世代といえるほど近くもない。どのような経緯で、何を考え、何を思い、この写真たちをとったのか私には分からない。それでも画面から伝わってくるのは牧歌的なユートピアだ。ファンタジックでどこか神話的。しかしどこかに退廃的な雰囲気を漂わせている。それはユートピアを隔絶され対峙させられ、羨望の眼差しを向けている自分が生まれたからかもしれない。ユートピアの夢を見ることができるのはディストピアだけだ。

 東京オペラシティアートギャラリーには、今までのどの美術館やギャラリーとも違う客層であふれていた。同時間帯に入館した人はほぼすべて若者で、また感度の高そうな服装をしていた。普段、美術館などには足を運ぶことのなさそうな若者たちが、マッギンレーの写真を楽しそうに見ている。なんとなく、インスタグラムなどをやっている層なのではないかと思っていたら、写真撮影オーケーとの掲示があった。SNSでマッギンレーと検索すれば、この展覧会で撮影された写真がごろごろでてくる。壁一面の異国のヌードの前でポーズを決める人々。

 マッギンレーの写真に写る人物はほとんどヌードである。閉鎖的なヌードではなく開放的なヌードだ。生まれたままの姿、という言葉が一番似合っている気がする。自然のありのままの美しさと、人間のありのままの美しさ。どちらの方がすごいといえば、どういった賞賛の言葉になるのだろう。どこか懐かしい気持ちになった、と言ったら、それはうそつきなのだろうか。

 

2016.6 東京オペラシティアートギャラリー